ヤンキース選手名鑑
ヤンキースレギュラー選手
デレク・ジーター (Derek Jeter)
背番号:2 右投げ右打ち 守備:ショート 1974年6月26日ニュージャージー生
背番号2は永久欠番を予定。2003年ヤンキースの第11代キャプテンに任命され、名実共にヤンキースの顔。2000年オールスター戦とワールドシリーズでのMVPを獲得した唯一の選手。2003年シーズンは開幕初戦で肩を脱臼、数週間の戦線離脱を余儀なくされたが、復帰後は持ち前の勝負強さを見せつけた。96年のア・リーグ新人王受賞者。ポストシーズンでのヒット球界歴代1位。ヤンキースの歴史でも2009年にルーゲッリグの記録を破り歴代1位となる。負けることが大嫌いで、プレッシャーが大きいほど本来の力を出せる精神力と技術力の持ち主であることから、ジョー・トーレ元ヤンキース監督の絶大なる信頼と尊敬すら受けている。女性人気度ナンバーワン。2009年オフには交際中の女優ミンカ・ケリーとの結婚も噂されたが実現されていない。風船ガムがトレードマーク。ゴジラ松井と同じマンションに住む。ヤンキース仲間やアメリカ人ファンからはイニシャルDJの愛称で呼ばれている。
ホーヘー・ポサダ (Jorge Posada)
背番号:20 右投げ両打ち 守備:指名打者 1971年8月17日プエルトリコ生まれ
愛称はジョージ。2011年からはそれまでの正捕手から指名打者に転向。打てるキャッチャーが主流のメジャーにおいてその存在はメジャーでもトップクラス。守備では右肩の手術もあり老いを感じ始めるが、両打席から繰り出すパワーと勝負強さは相手投手にとっては嫌な存在だ。2003年キャッチャーとして1シーズン30ホームランを打ち、ヤンキース史上タイ記録を作った(52年と56年ヨギ・ベラ)。ちなみに、その時ヨギには「どうして抜かさなかったのか?記録は抜かすためにあるんだが」と言われたらしい。ジーターやアンディ、マリアノと並んでヤンキースファームシステム出身の生粋のヤンキースっ子。元々セカンドだったがキャッチャーに転向。引退まであとわずかだが、その際にはかなりのファンが惜しむことだろう。オールスター選手。
マリアノ・リベラ (Mariano Rivera)
背番号:42 右投げ右打ち 守備:クローザー 1969年11月29日生まれ
球界を代表するクローザー(抑え)。レギュラーシーズンの生涯記録は71勝52敗526セーブ、防御率2.25。1990年代の変化球と呼ばれる程の「カッター」と90マイル後半の速球を武器にズバズバとバッターに投げ込んでくる。2001年ワールドシリーズ最終戦でサヨナラ負けを喫したものの、その後、負け星はついていない。2009年終了時点でのポストシーズン記録は88試合133.1イニングを投げ8勝1敗39セーブ、防御率0.74。1995年のデビュー後1997年に43セーブを記録して以来、2002年の28セーブ以外は毎年最低30セーブを記録。2001年と2003年には50セーブ以上を記録。引退間近といわれながらも2008年には39セーブ、2009年も44セーブを記録して無敵さをアピールしている。故郷パナマでは、紙の牛乳パックでグローブを作ったという。ニックネームはサンドマン。彼の名がアナウンスされる時に流れる曲 "ENTER SANDMAN"(メタリカ)から。この曲が流れた瞬間、ヤンキースタジアムは狂気に包まれる!
アンディー・ペティット (Andy Pettite)
背番号:46 左投げ左打ち 守備:先発 1972年6月15日テキサス生
2010年シーズン限りで引退。46番は将来永久欠番か? 2004年〜2006年まで家庭の事情もありヤンキースを離れ故郷テキサス州のヒューストン・アストロズで活躍していたが、1995年デビューの筋金入りニューヨークヤンキース代表選手。大柄の恵まれた体格はタフガイぶりを発揮し、怪我で泣いた年以外は年間200イニングが当たり前。チームの勝ち星か不可欠な時こそアンディーの出番といわれる。三振も取れるがピンチをダブルプレイで切り抜けるパフォーマンスが特徴。2009年ポストシーズンではその幸運さと実力を見事発揮し全てのシリーズで優勝決定戦を先発、役割を果たした。生涯229勝135敗防御率3.91。
A.J.バネット (A.J.Brunett)
背番号:34 右投げ右打ち 守備:先発 1977年1月3日 アーカンソー生
バッドガイのイメージを持つが2009年の新生ヤンキースにおいてはチームのムードメイカーとしても貢献した。その2009ねの成績は13勝9敗防御率4.04と決してパーフェクトではなかったので、2010年が期待される。本来は剛速球投手だが変化球を操れる精神力も養い更なる奪三振数を期待できる。1999年のデビュー以来約250試合に登板、100勝85敗 完投20試合 1試合当りの奪三振数は約6個、1イニング当り奪三振数も約1個とエースの風格抜群。2009年にトロント・ブルージェイズから移籍。2010年はシーズン開始は6勝2敗と絶好調のスタートを切ったが、6月に突然崩れる。その後立ち直りの兆しを見せながらも、結局10勝15敗というヤンキースの歴代先発投手としては最悪の記録を作ってしまい、防御率も5.26と自己最低を記録してしまった。2011年ヤンキースの投手力を支えるのは彼の復活次第ともいえる。
C.C.サバシア (C.C.Sabathia)
背番号:52 左投げ左打ち 守備:先発 1980年7月21日 カリフォルニア生
2009年レギュラーシーズンとポストシーズン通年で大活躍。ワールドシリーズ優勝の立役者の一人。2009年にA.J.バネットと共に移籍してきて、新生ヤンキース2本柱を確立。2001年デビュー以来2008年途中までクリーブランド・インディアンズ一筋で活躍。2008年ミルウォーキー・ブリューワーズでのタフネスぶりがヤンキースの目に留まり大型契約となった。約290試合に登板、136勝81敗防御率3.62、完投試合28 奪三振率も大変高い。2007年サイヤング賞受賞者、オールスター選出3回、2009年ALCS MVPなど数々の記録を持つ。完投20試合 1試合当りの奪三振数は約6個、1イニング当り奪三振数も約1個とエースの風格抜群。2009年にトロント・ブルージェイズから移籍。
マーク・テシェイラ (Mark Teixeira)
背番号:25 右投げ両打ち 守備:1塁手 1980年4月11日 メリーランド生
2009年新生ヤンキースの1人で、ヤンキースへの移籍年から大活躍した数少ない選手の1人。2009年4月は全くといってよいほど当りのなかった打席も5月のAロッド復活と共に本来の姿を取り戻す。両打席から繰り出すパワーで長打率は6割近く(2009年リーグ3位)、2009年は39本塁打でア・リーグのホームラン王だけでなく、122打点で打点王も獲得した。しかし彼の持ち味は打撃だけでなく、ゴールドグラブ3回受賞の守備はヤンキース内野陣の最後のピースを埋めただけではなく何度も送球ミスをカバーしたり、チームのピンチを救ったりした。Aロッドとの3番4番コンビはヤンキース打線の要。2005年と2009年のオールスター選出。
アレックス・ロドリゲス (Alex Rodriguz)
背番号:13 右投げ右打ち 守備:3塁手 1975年7月27日 ニューヨーク生
若くしてメジャー1の高給取り。それだけに周囲、特にメディアからの目は厳しく、ステロイド疑惑と薬物利用の告白、そして浮気、離婚問題など2008年はタブロイド紙のトップを飾ることが多かった。しかし2009年は手術で出遅れたものの、シーズン最初の打席の最初の当りとシーズン最後の打席の最後の当りがホームランというなんともスター選手らしいAロッドだった。また2009年は女優のケイト・ハドソンとの交際も表面化し、彼女がヤンキースタジアムに来ている時のチームの勝率の良さに世間は彼女をラッキーチャーム扱いした。しかし、ワールドシリーズ優勝後はなんとすぐに破局を向かえ、Aロッドは謎の金髪女性と一緒にいる所を何度か報じられている。とはいうものの、Aロッドのフィールドでの記録はやはり人並みではなく、1994年のシアトル・マリナーズでのデビュー以来、すでにホームランは583本を記録。2010年には600号も間違いなく、このペースで行けば歴代ホームラン記録更新も時間の問題といわれている。1996〜2008年(1999年以外)12回オールスター選出。2009年は怪我のため投票数を集められず。2003年、2005年、2007年とレギュラーシーズンMVP獲得。また、2002年と2003年にショートストップとしてゴールドグラブ賞を獲得。ヤンキースに移籍後はショートの守備をデレク・ジーターに譲り、3塁へ転向。フライ裁き不安が残るが持ち前の身体能力でヤンキースのホットコーナーは彼にしか出来ない。
ロビンソン・カノ (Robinson Cano)
背番号:24 右投げ左打ち 守備:2塁手 1982年10月22日 ドミニカ共和国生
まだまだ若いが徐々にだが精神的に成長。2005年のデビューから2008年に初めて長期スランプを経験。しかし2009年には見事復活を遂げ、シーズン打率も.320をマーク(ア・リーグ6位)。2009年のシーズン通算ヒット数も204本を記録(イチロー、ジーターに次いでア・リーグ3位)。得点ア・リーグ6位、超打率もア・リーグ17位など他チームならクリーンアップを任せられる選手。守備では強肩を生かして2塁ベース寄りの当りでも難なく裁いてしまう。父親も元メジャー選手だったがその活躍度は息子に軍配が上がった。
ジョバ・チェンバレン (Joba Chambalain)
背番号:62 右投げ右打ち 守備:投手 1985年9月23日 ネブラスカ生
すでに子供もいる若年寄。2007年のセンセーショナルデビュー以来、ヤンキース球団とヤンキースファンの注目と期待は消えることがない。2007年はリリーフ特に守護神マリアノ・リベラセットアップ役として登場。19試合で2勝0敗1セーブ、防御率0.38、24イニングでの奪三振は34で1イニング当りでも1.42個という驚異的な数字を記録。2008年から先発に転向したが、2009年も同様にパッとせず2010年に同年代のライバル、フィル・ヒューズと先発の座を駆けて争う。個人的にはマリアノ・リベラの後釜としてクローザーとして任せるのがベスト思うが、精神的な脱皮さえ出来れば2010年代を支えるヤンキースのエースになるかもしれない。その名前からスターウォーズのジャバザハットをもじりスタジアムではコミカル化されている。
フィル・ヒューズ (Phil Hughes)
背番号:65 右投げ右打ち 守備:投手 1986年6月24日 カリフォルニア生
ジョバと2007年ヤンキースの同期生。そのジョバ同様センセーショナルなデビューで、メジャー最初の登板にテキサス・レンジャース相手に試合後半までパーフェクトゲーム披露。しかし突然の肉離れで戦線離脱を余儀なくされてしまった。2008年は不調のどん底で勝ち星を上げられずにシーズン終了。2009年もシーズン途中に先発からブルペンへ転向するまでは今一つどころか今三つくらいだった。しかし、マリアノ・リベラのセットアップマンとしては防御率1.40。WHIP(投球回あたり与四球・被安打数合計)はなんと0.86。逆に先発時のWHIPは1.40と精彩を欠いている。2009年ポストシーズンではセットアップマンとしての活躍が期待されたがそのプレッシャーには勝てず課題を残す結果となった。2010年はジョバと先発をかけた競争になるがどちらが先発でどちらがブルペンでも興味深い結果となる気がする。
ニック・スイッシャー (Nick Swisher)
背番号:33 左投げ両打ち 守備:外野手 1980年11月25日 オハイオ州生まれ
元ヤンキース&レッドソックスで現タンパベイ・レイズのジョニー・デーモンと同じくチームのムードメーカー的存在。とにかくお喋り好きでロッカールームでは常に誰かと話しているという典型的な人が良いアメリカ人という感じ。ツイッターでも有名選手としては珍しく一般人にもレスをしてくれる。ダイハードヤンキースファンとして知られるライトの観客ブリーチャー・クリーチャーの目の前でファインプレーの連続で大活躍。打撃でもここぞというチャンスに応えられる頼れる打者。
ブレット・ガードナー (Brett Gardner)
背番号:11 左投げ左打ち 守備:外野手 1983年8月24日 サウスキャロライナ州生まれ
それまでヤンキースにはなかった機動力ヤンキースに植えつけた俊足選手。メジャーリーグデビューは2008年6月30日のヤンキース。それ以来、徐々に頭角を現し2009年にはスタメンをゲット。2010年は怪我の影響もあったが、2011年も期待の選手でリードオフマン(1番バッター)の座をデレク・ジーターに代わり引き受けることに。彼の活躍がヤンキースの2011年の攻撃力の一つのバロメーターとなることは間違いない。
カーティス・グランダーソン (Curtis Granderson)
背番号:14 右投げ左打ち 守備:外野手 1981年3月16日 イリノイ州生まれ
ヤンキースにはデトロイト・タイガースから2010年に移籍。メジャーリーガーとしては大きくない身体だが長打力もあり、2010年シーズンには24本のホームランを放った。ブレット・ガードナーと並び機動力野球を期待される。
アンドリュ・ジョーンズ (Andruw Jones)
背番号:18 右投げ左打ち 守備:外野手 1977年4月23日 オランダ領のキュラソー島生
1996年アトランタ・ブレーブスでメジャーデビュー。当時のブレーブスといえば、毎年ポストシーズン出場を果たしていたメジャー1の実力チーム。ブレーブスはナショナルリーグなのでヤンキースとはレギュラーシーズン中、直接対決がないがニューヨーク・メッツファンにとっては嫌な存在だった。そんな中、ヤンキースファンも忘れられない試合がある。1996年のワールドシリーズ第1戦。ヤンキースの先発アンディー・ペティートからホームランを放ち、ワールドシリーズ史上最年少でのホームランバッターとなった。さらに19歳のアンドリュ・ジョーンズはこの試合2本目のホームランを放った。守備も完璧で、イチロー同様に10年連続ゴールドグラブ賞にも輝いている(1998-2007年)。故郷ブレーブスで活躍後、2008年からロサンゼルス・ドジャース、テキサス・レンジャース、シカゴ・ホワイトソックスと渡り歩き2011年ヤンキースと契約した。ブレーブス時代には5回のオールスター出場も果たしているベテラン選手。彼が往年のプレーに近い活躍をすればヤンキースのベンチは厚みを増すことになる。